【米不足と社会のざわつき】騒がず、流されず、生きていく

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不安に「飽きる」という感覚

コロナ、地震、不況、戦争…。この数年、「非常事態」が日常になったような感覚があります。

最初の頃は真剣にニュースを追い、不安に備えてきたけれど、

どこかで「もうお腹いっぱい」と感じてしまう。

またか、またこれか、と思いながらも、

「それでも、今日食べるものはあるし、選択肢もある。今は幸せだな」って思える。

それは、ある種の“健全なあきらめ”なのかもしれません。

米不足と都合の良さ

「お米が足りない」と騒がれているけれど、かつて日本は意図的に“米離れ”を進め、

農家には減反政策で作ることさえ制限してきた時代がありました。

それが今になって「やっぱり米が必要だ」と言われても、

なんだか都合が良すぎるように感じます。

米不足自体はたしかに困ることだけど、

問題の本質に向き合わずに、ただ騒いで終わるのなら、

また同じことを繰り返すだけ。

「今あるものでやっていけばいい」と思える心の余白が、自分の中にあって良かったなと思います。

政治家や社会の右往左往を見ながら

政治のニュースを見ても、誰かの言葉を聞いても、

その場しのぎや人気取りのように感じることが増えてきました。

でも、そこで腹を立てたり、失望したりするよりも、

「結局、騒いでるだけだよね」と、少し距離を取って静観するほうが、私は心地いいです。

なにかが起きるたびに、「どうする?」「不安だ!」と騒ぎ出す社会に、

「ねえ、それ、どこに向かってるの?」と問いかけたくなります。

騒ぎの外に立ち、静かに見ている。

それだけでも、十分に“選んで生きている”という実感があります。

騒がず、静かに、しなやかに生きる

今は、何かに期待しすぎず、

「嫌なことをしないでいられる日常」があることに、じわじわと幸せを感じています。

不安に飲み込まれるよりも、

自分の感覚で「大丈夫だ」と感じられる日々を大切にしたい。

たとえ社会が揺れていても、自分の中に静けさがあれば、

そこを拠り所に、これからの時代を生き抜けると信じています。

最後に:心の支えになる言葉たち

流されずに生きていく中で、そっと支えになるような言葉たちを紹介します。

意味を添えて、心に留まるように書きました。

  • 「静けさは騒音よりも多くを語る」(アメリカのことわざ)
     → 騒がずにいることで、かえって本質が見えてくるという意味です。
  • 「群衆の中に真実はない」(フリードリヒ・ニーチェ)
     → みんなが言っているからといって、それが正しいとは限らないということ。
  • 「沈黙は思考の盾である」(ソクラテス)
     → 騒がずに黙って考えることが、自分を守る力になるという教えです。
  • 「時流に乗るな、本流を見よ」(禅の教え)
     → 一時的な流行やざわつきに流されず、物事の本質を見つめなさいという意味です。
  • 「多くの人がしているからといって、それが正しいとは限らない」(アインシュタイン)
     → 常識や多数派に流されず、自分の考えで判断することの大切さを伝えています。

何があっても、焦らず、騒がず、

自分の感覚と日常を信じて、静かに暮らしていく。

それだけで、じゅうぶん豊かで、自由な人生だと、私は思います。

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