なんのために生きているのか悩むことがよくあります
どのみち死ぬのになんで生まれてきたんだろう、という疑問
もう生まれちゃっているんだから死ぬために生きるしかない
というのが私の最近の答えです
ネガティブだろうがポジティブだろうが
死ぬものは死ぬ
だったら楽しく、心地よく生きるために
人生の時間は使いたい
絶対ということがこの世には存在しない中で
死というものだけは絶対やってきます
私は自分の性分がとても穏やかタイプなので
あまり激昂的な終焉は迎えたくないなと思っています
そして迎えないだろうなという気がしています
穏やかに長生きして
庭のひだまりが気持ちいいなと思いながら
そのままウツラウツラしたまま旅立っているというのが憧れ
自分の今までを振り返っても、
人生において激昂的なシーンというものは
ほとんどありません
大病で生きるか死ぬかの思いをしたとか
仕事も同様
お金がなくて飢えをしのぐようなこともないし
誰かとトラブルになるようなこともない
なんとなくのらりくらり、辛いながらも
穏やかに、なすがまま、流れるまま生きていて
気づいたらいつもなんか良い状態というのが
私
生まれ持ったのんびりのんきな性分は変えようがないということです
穏やかな人生選択を無意識のうちに
行動しているのかな?と思います
そして今も。
47歳で夫が会社を退職して
今は二人で趣味の農作業に勤しんで生きてるかたわらで
毎日コツコツ夫と一緒にお金木の種まきもしています
最初は一つだったお金の苗木が今は
だいぶ数が増えました
毎月実をつけるもの、半年に一回実をつけるもの
3ヶ月に一回実をつけるもの、ポツポツ小さな実を
たくさんつけるようになりました
庭で収穫した野菜を食べて、毎日を過ごすことができている
自分に合った人生はそれだけで幸せだから
お金を使う必要がほとんどないのです
空が青いだけでも幸せだなとか
窓から植物の緑が見えるだけで幸せだなとか
庭の野菜で生きられているって幸せだなとか
人との比較、妬み恨み、ひがみ、そういうものがなくて
人を許容できるだけの心の余裕が自分にあること
心に豊かさが感じられているだけで
幸せなんです
お金じゃない
こうしてお金に頼らないから、お金が増えていく
増えたお金を大切な家族や友達と過ごす時間のために使うと
もっと幸せが返ってくる
生きてる時間はこういうことを体験するためにあるんだなと
最近気付けるようになりました
いつ死ぬかわからないから、今死んでも悔いはない
ということのために生きること
自分らしく生きることは大事だなと思います
ある程度お金が貯まったら、
お金のことはお金に任せて(投資)
自分の好きなスタイルで周囲の人を喜ばせるために
生きることをどんどん深めていくことが
生きることの充実につながるのではないかと
最近思っているところであります
つくづく私はマネーゲームや競争には
向かないタイプなのです
心の豊かさ
情操的なものが私には何より大切で
そういうところに幸せを感じられるようになっただけでも
この世で暗中模索し続けてきた意味があったなと思えるのです

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