世の中や他人のために尽くすことが正義だという価値観はどこからくるのか

スポンサーリンク

「世のため人のため」とはよく言われますが、
私はずっと解せないと思っていました。自分自身を大切にできない人が、
どうして本当に人のためになれるのかと。そこで、そうした思い込みが生まれる背景にはどのような価値観があるのかについて考えてみました。

スポンサーリンク

「世のため人のため」のルーツ

儒教の影響(東アジア) 

  「修身斉家治国平天下」という考え方があり、まずは自分を整え、それが家族、社会、国へと広がるとされていました。しかし、現代の日本では「自分を犠牲にしてでも社会のために」という考えに偏りがちです。  

仏教の利他精神

 仏教では「他者に尽くすことが自らの救いにつながる」とされています。確かに、誰かの役に立つことは喜びにつながりますが、無理をしてしまうと苦しくなってしまいます。  

キリスト教の「隣人愛」  

 西洋では「隣人を愛しなさい」という価値観があります。これが日本の近代教育にも影響を与え、奉仕の精神が強調されました。  

戦時中・戦後の国家主義的な影響

 「お国のために尽くす」という考えが戦前・戦中の教育で広められ、

戦後も形を変えて「社会のために貢献することが美徳」とされました。  

道徳教育と同調圧力  

   学校教育では「みんなのために頑張ろう」という価値観が植え付けられ、個人よりも集団が優先される傾向がありました。  

まずは「自分のため」が先では?

私は、「自分のため」が結果的に「世のため人のため」につながると考えています。  

くなってしまう自分が満たされていなければ、人を助ける余裕がな

無理に「人のため」と頑張ると、燃え尽きストレスしか生まない

自分のやりたいことをして楽しんでいる人の方が、結果的に周りに良い影響を与える

まとめ

「世のため人のため」を考える前に、まずは自分を満たすこと。  

それが、最終的には「本当に社会のためになる生き方」なのではないでしょうか?

未分類
スポンサーリンク

コメント