
国の「後世の為に」と言う視点に足元が揺れてしまうという気持ち
近頃よく耳にする「後世の子どもたちの為に」とか
「100年後も安心して暮らせる国に」と言う言葉。
確かに後世も安心して暮らせる世の中にしていくという視点も大事です。
だけど、私たちが安心して暮らせるようにしてこそ、
後世も安心して暮らせるというものなのに…。
若者が後継者にならないという問題も、
自分自身が安心して暮らしていくという展望もない中、
「後世の為に」と言われても難しく感じてしまうのは当たり前の話。
行政も政治も、「後世」という大きな視野にこだわる前に、
「今、この瞬間に安心して暮らせるという視点」を
大切にしてくれたらいいのにと思います。
「誰が悪かった」と言っても解決してこないという視点
「こんな世の中にしたのは誰?」という視点もあります。
行政に問題もあったかもしれないし、
世の中のしくみによって苦しくなってしまったという理由もあるかもしれない。
だけど「誰が悪かった」と言っても、
安心して暮らせるようになるわけじゃありません。
無関心も、自分自身の責任に帰ってくるという視点もあります。
だからこそ、自分がどう生きたいか、自分自身の足元に向き合って、
自立して生きるという視点こそ安心に繋がっていくと思います。
「まず、自分が安心して生きるという視点」
後世の為に世の中をよくしていくという視点も尊く大事です。
だけど、「後世の為に」と言う前に
「まず、自分自身が安心して生きたい」と願うという視点も大事なのです。
安心して暮らしてこそ、他の世代の為に動く余裕も生まれてくるものです。
後世の為に身を削って、自分自身が苦しくなってしまっては元も子もありません。
だからこそ、他責するのではなく、「まず、自分が安心して生きる」ために
自分自身の身を守る行動を起こすことが必要です。
安心して生きる為に大事にしているもの
安心して生きたいという気持ちの中で大事にしているものもあります。
安心して暮らせる住まいや安心して付き合える人間関係、
自分自身が揺るがないように、
自立して生きるという視点こそ安心に繋がっていくというものです。
後世の為に世の中をよくしていくという視点も尊く大事です。
しかし、「後世の為に」と言う前に
「まず、自分自身が安心して生きたい」と願うという視点もまた最も大事なのです。
安心して暮らしてこそ、他の世代の為に動く余裕も生まれてくるものです。



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